第5弾
部署ごとに、一つのテーマを決め、そのテーマに沿って、職員一人一人が、『社会福祉法人希望館』をリレー形式で随時紹介していきます。
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No.108
M.H (介護部門)
役に立つ特技はなく、小学校の頃に身に着けたくだらない特技しかありません。例えば、「指の第一関節のみ曲げる。」「耳だけ動かす」「自由に何回もゲップができる」等々。あと今はできるか分かりませんが空手でしょうか。 特技を見つける旅に出ます!!乞うご期待!!!
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No.107
T.T (介護部門)
よく考えてみましたが、残念なことに特技と言えるものがありません。ごめんなさい。
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No.106
渡邉 唯 (児童部門)
生まれてこのかた、特技を聞かれても特になしで切り抜けてきました。 これも特技でしょうか・・・
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No.105
K.T (介護部門)
言葉にすると難しいのですが、両手の親指の付け根の骨を内側入れることができます。 小学生の頃から出来、周りの子からおしえてと言われ何度か教えたことがありますが、なかなかできる子はいませんでした。出来たからと言って何の役にも立たない、特技と言えるか微妙なまあ変わった特技です。
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No.104
片山 由起子 (児童部門)
動画編集です。一番最初のきっかけは友達の結婚式の余興で使う動画を作った時で、思ったよりも面白いなと思ってちゃんとした編集用のソフトも持っています。YouTubeとかに投稿することはしていませんが八幡の家限定でたまに作った動画を上映しています。今年も夏休みの子どもたちの写真で動画を作成して集会で上映しました。興味のある方はぜひ八幡の家まで見に来て下さい
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No.103
大島 早紀 (児童部門)
野球のバントが特技です。小学生から野球をし、中学ではソフトボール、大学で社会人チームに所属していましたが、打順はほぼ2番でした。バントをすることが多く、成功率は8~9割。失敗したことはほぼありません。
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No.102
K.I (児童部門)
あまり大きな声では言えないけれど「虫」が得意です。 みんなが嫌がる「G」も別にそんなに怖くない。 小さい時は1日中セミ取りをして、部屋中にセミを放ち、大騒音を満喫していました。 もちろん、いなごの佃煮もハチの子もいけます!
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No.101
市川 哲夫 (児童部門)
ずばり、誰とでもすぐすぐに打ち解けられるスペックがあるのかもしれません。例えば、信号待ちをしていたら「充電させてください。」と突然お願いされて、家に招き入れたことがあります。同世代の男性でしたが…。例えば、酒場で意気投合したイラン人グループと一緒にウォンビーロングを歌っていたこともあります。言葉は通じませんでしたが…。若かりし頃の思い出です。
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No.100
クニ・ハラデ (児童部門)
“年金生活は楽しい” 会社の時間に縛られない、自分の発想で毎日が過ごせる、嫌な上司に頭を下げないで済む。 でも悲しいかな?子ども、孫に小遣いが出せない。物価高で年金は目減りして、小さな“じいじ” になってます。
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No.99
ラジアンリミテッドリスナー (介護部門)
会話を2つ半ぐらいまでなら聴き取れます。 昔からよくラジオを聞いていた成果かもしれません。
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No.98
A.K (介護部門)
『ちょっとだけ体がやわらかい』 立って膝を伸ばしたまま床に手がバッチリつきます。 膝が痛くても膝を曲げずに床の物が拾えます(これは便利!)。 ただし、腰も痛い時には拾った後に腰を伸ばすのがつらいです(う!ってなります)。 役に立つような立たないような、微妙な得意技です。
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No.97
K.H (介護部門)
『記憶力』 お題について事務所で話していた所「記憶力でしょ!!」と皆さんに言ってもらったので。 数年前の細かい記憶・・・特技とは言えないかもしれませんが仕事で役立っている時は たまにあるかもしれないです。
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No.96
笛木 遥菜 (介護部門)
本当にくだらないことですが、どこでも寝られ、寝続けられることです。 以前、明けの日に帰宅してからお昼過ぎに寝て、起きたら外が明るくなっていたことがあります。 たぶん15時間ぐらい寝ました、、 それは自分でもびっくりしました。
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No.95
南 雲恵 (介護部門)
『マニュアル車での高速道路の長時間運転』 普段からマイカーがマニュアル車で運転しています。 高速道路の運転も好きで、昨年は名古屋まで高速道路を運転して旅行に出かけたくらいなので、変わった特技になるのかわからないのですが・・・
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No.94
勅使川原 祐子 (介護部門)
クレーンゲーム得意です。最近流行のフック設定が特に得意です。 子供と一緒にゲームセンターに行き、子供がはまり、動画とかで勉強し上手になりました。 特技とまではいきませんが・・・。
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No.93
S.Y (介護部門)
中学の陸上部の時に後ろ向きに走ることに凝っていた時期があり、50m8秒台だった。 後ろ向きに走ることは誰にも負けたことはなかった。

